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UZRは守備指標として正しいのか

UZRをご存じだろうか。

アルティメット・ゾーン・レーティングUZR: Ultimate Zone Rating)は、ミッチェル・リクトマンが2001年に提唱した野球における成績評価項目のひとつ。FangraphsのWARでは現在、守備評価に採用されている。

レンジファクター(RF)の欠点を補正するために考案されたゾーンレーティング(ZR)を発展させたもので、「リーグにおける同じ守備位置の平均的な選手が守る場合に比べて、守備でどれだけの失点を防いだか」を表す。

(引用:アルティメット・ゾーン・レーティング - Wikipedia

野球オタクや各スポーツ紙の間で一定浸透しており、この数値の大小をもってしてゴールデングラブ賞にふさわしいかふさわしくないかが論じられることもしばしばである。

ここでは個人的に感じているUZRの課題について語っていきたい。

UZR=「守備範囲」なのか?

UZRに詳しい諸兄諸姉はおそらく即答されるだろうが、そもそもUZR=守備範囲ではない。

UZRは下記要素により構成されている。

  • 内野手:守備範囲(RngR)+失策抑止(ErrR)+併殺貢献(DPR)
  • 外野手:守備範囲(RngR)+失策抑止(ErrR)+進塁抑止(ARM)*1

したがってUZR=守備範囲として論じると、UZRに詳しい諸兄諸姉から手痛く反論されてしまう。しかしながら、失策や併殺貢献は守備機会毎に毎回訪れるわけではなく、失策はどんなに守備が悪くても10回に一回程度、併殺貢献はランナーが1塁にいる場合のみ、進塁抑止は進塁できるかできないか微妙な打球が飛んだ場合のみのため、結局出現頻度の関係より守備範囲の重みが最も大きくなる。したがってUZR=「守備範囲」ではないが、UZR≒「守備範囲」と言えるだろう。

さて、ここからが本題である。

RngRは守備範囲指標として正しいのか

さて、守備範囲としてイメージするのはおそらく次のようなものだろうか。

一般的なイメージ

打球速度が同じゴロが飛んできたとき、選手Aは5m離れた位置からでも追いついたが、選手Bは4m離れた位置までしか追いつけなかった。この場合、選手Aのほうが守備範囲が広い。

ではRngRはどのようなものだろうか。

RngRのイメージ

RngRは球場をメッシュで区切り、ゾーンを定義する。そのゾーンのリーグ全体でのアウト成立率を1から引いたものにその打球の得点価値を掛け合わせることで算出している。

たとえば、あるゾーンAにおいて一般的に60%の確率でアウトにしている打球をアウトにしたとき、この行為には1-0.6の0.4の価値があり、さらにその打球に2点創出する価値があった場合、0.4×2の0.8点分、他の同ポジションの野手より失点を防いだことになる。

これを守備ごとに積み上げてUZRを計算していく。

なお、実際にはこんなに簡単に出しておらず、より合理的に計算している。もっと深く知りたい方は下記記事をお読みいただきたい。

1point02.jp

さて、ここで重要なのはあくまでメッシュ状に区切ったゾーンごとに守備価値を管理しているということである。相手のバットにボールが当たった時、守備側の選手がどこにいたのかということは全く考慮されていない

したがって一般的なイメージである守備範囲とUZRで定義される守備範囲は全く別物なのである。

ポジショニングは選手のスキルなのか

一方で、事前に打球が飛んでくる場所を予想し、適切な位置にポジショニングする能力も重要だ、という意見もあるだろう。

確かにその通りで、それを否定するつもりは全くない。要はアウトにする打球を増やすことができれば、その過程はどうでもよいのである。

しかし、本当に飛んできた打球に対して適切なポジショニングをとる能力は存在するのだろうか。それは各選手ごとにどこに打球が飛んでくるかどうか分析できているか否かの問題で、むしろ各球団のスコアラーやデータアナリストの分析力に依存するのではないだろうか。

そもそも積極的にシフト守備を実施するか否かによってもポジショニングは大きく変わってくる。例えば併殺シフトは二塁手と遊撃手は二塁ベース付近に移動し、一塁手はベースについているため、一二塁間が大きく空くことになる。そこにちょうど間を抜くような打球が飛べば捕球するのはまず無理だが、定位置にいれば問題なく捌ける。

このように打球を捌けるか否かは守備範囲云々よりも、「たまたま敷いていた守備シフト付近にたまたま飛んできた」から打球を捌けることがほとんどである。*2

UZRは全く使えない無意味な指標なのか

ここまで論じてきたように、UZRには課題が多く存在する。ではUZRは全く使えないのかというとそのようなことはない。

いつかは偶然は収束する

「たまたま敷いていた守備シフト付近にたまた打球がとんでくるかどうか」と表記したが、これは当然全球団に起こりうることである。あるひと月だけは守備シフトがハマりにハマってUZRが高くなったとしても、他の月では当然ハマらないときも出てくるだろう。そうなったとき、UZRは下がってくるため、シーズン通してみた時の守備力としては参考となりうる。(個人的な肌感化ではチーム全体の守備力はシーズン通して一定判断できるが、個人の守備力は数シーズン経ることで収束に向かうのではないかと感じている)

チーム戦術の正しさが確認できる

併殺シフトはハマれば一機に攻撃の芽を摘むことができる一方で、一二塁間を大きく空け、凡打をヒットにするリスクを負うことになる。前進守備もポテンヒットや短いライナー打球を処理して一点を防ぎに行く一方で、平凡な外野フライが3塁打になるリスクを負うことになる。

守備シフトを多用するかしないかはチーム(監督)の方針に依存するため、採用した守備シフトがどれくらい点を防いだのに貢献しているのか評価するにはもってこいであり、作戦の見直しに活用できるだろう。

結論

まとめると下記のようになる。

  • UZRは一般的にイメージされる守備範囲を示していない
  • 運に大きく左右されるものであり、長期間経たないと判断できない
  • チーム方針として敷いている守備シフトが得点阻止に結びついているか否かの判断には非常に有用である

個人的には守備開始のポジションを数式に組み込んで評価するように変更してほしい。そうすれば運による要素をかなり排除することができ、短いスパンでも個々の選手の評価ができるようになる。

実際MLBのデータシンクタンクであるFanGraphs社はDRS*3において、2020年シーズンより守備開始時のポジショニングも数式に組み込まれている。

(参考:Defensive Runs Saved - 2020 Update | Sabermetrics Library

ただNPBにおいては守備開始時の位置が追えるような映像データやトラッキングデータは存在していない(と思っている)ため、なかなか難しいのが現状である。

読売ジャイアンツ主催試合においては自由視点映像なるものが運用されているため、これを全球場に配備し、かつデータ会社に提供することで実現できるかもしれない。

 

 

 

 

 

*1:進塁抑止とは、送球により捕殺を成立させた時や、外野手の方を考慮して走者が進塁を追加の進塁をあきらめた場合などに加算される

*2:DELTA社の提供するUZRでもシフト守備は考慮されているが、考慮されているのはあくまで極端なシフト守備(内野の塁間に3人の内野手がポジションをとるもの、外野手が4人になるものなど)にのみ対応されていることに留意されたい

*3:UZRに似たような指標であり、ゾーンごとに区切って指標化されている

佐藤輝明選手のフォーム改良と成績低迷に対する仮説

おそらく多くの阪神ファンがやきもきしているだろう。

佐藤輝明選手の状態が上がらない。ひっかけたようなゴロが多く、三振が多い。ドライブライン・ベースボール(以下、ドライブライン)にてデータ解析を行い、フォーム改良を行ったにもかかわらずその成果が出ていない。打てないにも関わらずクリーンナップにいるため、チャンスで凡退し、チームの得点が増えない。

などなど、このような不満を抱いているのではないだろうか。

 

しかしながら、実は佐藤選手は不調なのではなく、フォーム改良をした結果このような形になっているのではないか。つまり、決して不調なのではなく、まだフォームが一軍レベルの生きた球に対してアジャストできていないだけなのではないか。

当然この答えはチーム関係者しか知る由はないのだが、我々ファンはもう少し見守ってもよいのではないだろうかと思い、筆を執った。(それはそれとして、打率が1割台でクリーンナップは厳しいのだが…)

2024年4月時点の佐藤輝明は運が悪すぎる

打球がヒットになるかどうかは次の要素が重要である。

  • 運(打球がヒットゾーンに飛ぶかどうか)
  • バットコントロールの良さ(狙ったところに打球が飛ばせるかどうか)
  • 足の速さ
  • 打球の強さ(≒速度)
  • 打球角度

これらを総合的に表したのがBABIPという指標である。

表1:佐藤輝明選手のBABIP推移

BABIP
2021 0.335
2022 0.315
2023 0.318
2024 0.264

これは執筆時点(4/26現在)の数値だが、前年より5%以上減少しており、打率への影響はかなり大きい。BABIPは一般的にツイてるかツイてないかという文脈で用いられる指標だが、もともとはピッチャー側の目線で使われる指標(非BABIPやDERとも言われる)で、大体3割程度(DERの場合は7割)に収束するといわれている。バッターの場合は上述した要素が絡みあうため、3割への回帰の傾向は弱まる。

したがって、佐藤選手はツイてないというのは間違いなく要因の一つではあるが、それ以外の要素が悪化しているがためにBABIPが悪くなっていると仮説を立てることができる。

バットコントロールの良さは指標化が困難で、検証できない。また、足の速さは大きな故障をしない限り大きく変わるということは考えにくい。

したがって続いて打球の速さについて確認していく。

実は年々良化している打球速度

次の表は佐藤選手の打球の強さ(≒打球速度)である。

表2:佐藤輝明選手の打球の強さの内訳

弱い 中程度 強い
2021 32.7% 29.1% 38.3%
2022 29.7% 33.6% 36.7%
2023 26.5% 32.8% 40.7%
2024 17.9% 39.3% 42.9%

明らかに弱い打球は減少し、強い打球が増えている。普通に考えれば打率は上がってもよいのである。しかしながらそうはなっていない。その理由は打球の角度、つまりゴロの打球が多いことにある。

今年の佐藤選手はゴロアウトが多い

次の表は佐藤選手の打球特性の内訳である。

表3:佐藤選手の打球特性内訳

ライナー ゴロ フライ
2021 8.7% 29.1% 62.2%
2022 8.3% 34.8% 56.9%
2023 10.5% 35.0% 54.4%
2024 1.8% 42.9% 55.4%

フライの割合は変わらないものの、ライナー性の打球が減少し、ゴロが増えている。ゴロの打球はライナー性の打球に比べると打球に追いつきやすく、ハードヒットしたところでアウトになりやすい。

ではなぜゴロが増えてしまっているのだろうか。ゴロが増えているということは、ボールの上部をバットで叩いているということであり、低めのストレートやフォークやスプリットなどの落ちる球に反応してバットが出ているのではないか。

もともとイメージとしてローボールを拾うのは上手いというものはあるが、佐藤選手がローボールが得意だからといって低めの球に手を出しまくっているというわけではないだろう。仮にそうだとすると、ローボールへのアプローチ技術が極端に悪化しているということであり、流石にそれは考えづらい。

そうなるとよりシンプルな理由として、選球眼の悪化であろう。

佐藤選手は選球眼が悪化した?

次の表は佐藤選手のボールへのアプローチ結果である

表4:佐藤選手のボールアプローチ結果

ボールスイング率 ストライクスイング率 見送りストライク率
2021 41.6% 77.0% 10.4%
2022 33.2% 73.5% 12.6%
2023 32.4% 73.5% 12.2%
2024 35.7% 67.6% 14.1%

明らかにボールスイング率が増えており、ストライクスイング率が減少している。また、投球ごとの見逃しストライクの割合も増えており、前年よりストライク/ボールの判断ができていないということになる。

ではなぜこの判断が悪化しているのだろうか。まず考えられるのは視力(動体視力含む)の悪化である。しかし、佐藤選手はまだ25歳であり、急激な視力の悪化が起こるような年齢ではない。

明確な回答はでないが、一つのヒントが次のデータにあるように思う。

佐藤選手のボールの目付け位置

次のデータは佐藤選手の打球方向である。

表5:佐藤選手の打球方向

引っ張り方向 センター方向 逆方向
2021 39.40% 38.20% 22.40%
2022 36.80% 35.30% 27.90%
2023 38.40% 39.30% 22.30%
2024 48.10% 32.70% 19.20%

これを見ると引っ張り方向が大幅に増加している。引っ張るということは打つポイントをピッチャー寄りにしなければ引っ張れない。これこそがドライブラインでヒントを得て、現在佐藤選手が行っている打撃改革の結果なのではないだろうか。

つまり、打つポイントを前に設定し、強い打球を右方向に引っ張り長打を量産する。ポイントを前にもっていけば、体のコンディションが落ちてスイングスピードが悪くなったり、スイング始動が遅れたとしても、センター方向や逆方向に打つことができ、不調期間を目立たなくすることができる。

そのデメリットとして、打つポイントを前にするということはストライク/ボールや球種の判断を早く行わなければならず、そこの判断と実際に投じられた球にずれがあるがために見逃しストライクやボールスイングや低めや落ちる球のひっかけが多くなっている。

以上がいくつかの指標を基に得た仮説である。

結論

様々なデータを通して、

  • 佐藤選手の成績不振は運の悪さと打撃スタイルの変更
  • 新しい打撃スタイルは打つポイントを前にして引っ張り方向の打球を増やすスタイル
  • そのためにボールの判断を早く実施しており、その判断と実態に乖離があるためゴロ打球が増加し、成績悪化につながっている

という仮説が得られた。実際のところ、これが真か偽かはチーム関係者しかわからないのであくまで仮説の域を出ないのだが、皆さんはどのように感じただろうか。

この挑戦をさらなる飛躍のために応援したいだろうか。

ボールのコンタクトに集中してアベレージを残してほしいだろうか。

きっとそれぞれの想いはあるだろう。

私筆者の想いとしては、アベレージヒッターは近本選手、中野選手という傑出した1,2番がいる以上、小さくまとまるのではなく、スケールの大きい長打を量産する打者を目指してほしい。なのでこの取り組み自体は応援したいと思う。

 

 

※データはすべてデルタ社より引用